2017年11月03日

四国巡礼はどこから始めてもかまわない


 四国八十八箇所を巡ることを四国では遍路といいます。それ以外にも四国巡礼や四国巡拝、四国遍路などとも言われます。そして地元四国では、巡礼する人を敬愛の意味を込めて「お遍路さん」と呼びます。

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 どこから遍路を始めてもかまわない

 お寺や神社に行くとお参りする順番や作法があります。今では、その作法通りにお参りする人の方が少なくなっているので、あまり気にすることはないのかもしれません。


四国遍路も同じです。通常は1番札所から2番札所、3番札所、・・・と88番札所まで順番に回っていきます。これを「順周り」とか「順打ち」と呼びます。


しかし、四国遍路の場合、回り方に決まりはありません。順番通りに回る必要はないのです。自分の都合によって決めればいいのです。


八十八ヵ所を徒歩で順番に回ると40日くらいかかります。仕事をしている人の場合、それだけの長い期間休みをとって遍路をすることはできません。なので自分の休みと相談しながら遍路をする人が多いのです。


四国に住んでいる方なら、近くのお寺から回る人がたくさんいます。四国以外でも交通機関を考えて、都合のよいお寺から回る人も多いようです。

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 1年以上かけて回る人も多い

 八十八ヵ所をすべてまわるのに要する期間も様々です。1年以上かけて回る人もたくさんいます。


最近は徒歩で遍路する人よりも車で回る人が増えています。観光バスを使ったツアーで回る人が多くなったように思います。


車を使ったり観光ツアーなら、高速道路を利用すると最短5日間くらいで回れるようです。四国遍路をする目的や理由によって、移動手段や日程を決めればいいと思います。
四国遍路は本当に自分の思うがままに自由にやっていいのです。


posted by gonta at 10:03| お遍路さんとは

2017年09月27日

四国遍路は何時頃から始まったのでしょうか


 四国八十八箇所を巡ることを四国では遍路といいます。それ以外にも四国巡礼や四国巡拝、四国遍路などとも言われているようです。そして四国八十八箇所を巡礼する人を四国では、お遍路さんと呼びます。

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 お遍路さんとして知られる四国遍路が始まったのは何時頃なのかはハッキリしていません。

空海は讃岐で生まれました。その当時の四国は、国の中心地から遠く離れた地で、さまざまな修行の場として知られていました。空海もここでたびたび修行をしていたことが分かっています。


その空海が修行をした八十八ヶ所の寺院を選び四国八十八ヶ所霊場を開創したと伝えられているのは815年(弘仁6年)です。それが正しければ、四国八十八ヶ所が開創されてから1200年を超えていることになります。


なので四国遍路が始まるのは、早くても815年以降です。ただ空海は835年(承和2年)に高野山で入滅し、醍醐天皇より弘法大師の大師号を贈られたのが921年(延喜21年)ですから、四国遍路が始まったのは、空海が弘法大師として有名になった後ではないかと考えられています。



 現代の形になったのは

 現在は一般の人でも気楽に四国八十八ヶ所を巡ることができます。四国遍路がこのような形になったのは、近世初期の1600年頃だと言われています。

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元々、四国は辺地修行の場として知られており、山岳信仰、海洋信仰、観音信仰、浄土信仰などさまざまな信仰の修業が行われていました。それは、当時は四国が浄土への渡海の地と考えられていて、浄土に近い修行地として特別視されていたからです。


その後、弘法大師として空海が有名になったことによって、辺地修行の場としての四国八十八ヶ所が、弘法大師信仰によって四国遍路として統合されることになったと考えられています。


posted by gonta at 14:37| お遍路さんとは

2017年09月20日

お遍路さんへの憧れ


 私は愛媛県松山市に生まれ育ちました。なので、幼いころから白衣を着て菅笠をかぶり、そして金剛杖をついて歩いているお遍路さんをよく見かけました。

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その頃は、托鉢(鉢(はち)を持って、街角に立ち、経文を唱えて米や金銭の施しを受けこと)をしながら四国遍路をしているお坊さんがたくさんいました。

今はあまり見なくなりましたが、同じように托鉢しながらお遍路をしている一般の人も当時はいました。なけなしのお小遣いを上げたことを今でもよく覚えています。



 お接待 もてなしの風習

 四国の人はお遍路さんに対して、とても親切です。小さいころから、お遍路さんに何か上げたり、道を聞かれれば親切に教えてあげるものだと教わってきたからだと思います。

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そういうこともあって、若いころには全く考えもしませんでしたが、齢を経るにつれて、歩いて四国遍路をしてみたいと思う気持ちが強くなりました。


気持ちはあるものの、何時でもできるという思いがあるせいか、なかなか実行に移すことができません。お遍路さんを見かけた時に、その思いを思い出すという日々が続いています。


自分が実行できないことをしているお遍路さんを見ると、なぜか応援したくなるのです。そのため、施しをしたり、親切にしてあげたいという気持ちになるようです。そのような気持ちが、四国遍路の「お接待」のきっかけになったのではないかと考えたりします。


時代の流れとともに、人の気持ちや考え方が変わってくるのは当たり前手のことです。せちがらい世の中になり、若い人たちは「お接待」の気持ちが薄れてきつつあります。


しかし、お大師さん(空海)が四国八十八箇所を開創して1200年を超える月日の間に育んできた「お接待」の気持ちは、四国に住んでいる人々の間に、まだ脈々と受け継がれていると思っています。

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posted by gonta at 17:17| お遍路さんとは