2018年07月13日

顕教と密教の違いとは


 顕教と密教の違いについて調べていると、真言宗僧侶である有坂脩岳(ありさか しゅうがく)氏が自身のブログで次のように説明していたので紹介します。

 顕教と密教の違いを一言でいうと、
顕教は、厳しい修行を積んで、仏になる教え
密教は、仏のまねをして、仏らしく生きていく教え



 この説明はとても上手いと思います。

もともと「顕教」という言葉は、真言宗の開祖である空海が作り出したものなのです。空海の真言密教と他の仏教宗派との違いを説明するために「顕教」という言葉が必要になったのだと思います。


顕教と密教とでは、「成仏の意味内容」「成仏の捉え方」「成仏に至る修道方法」などが大きく違います。有坂脩岳氏の説明のように、顕教では厳しい修行を積まなければ成仏できません。


しかし、密教では厳しい修行を積むことなく、仏のまねをして、仏らしく生きていけば成仏できると教えています。


もう少し詳しく説明すると、顕教では、仏に成ること(成仏)を「智慧の完成」と捉えていて、真理や実相の知的な認識や獲得することが成仏であると考えられています。


これに対して、空海の密教では、成仏とは仏の智慧を実践することであって、仏として為すべき行為を(現実の社会の中で)実行することだと捉えています。


したがって密教では、「智慧の完成」は入り口でしかなく、仏の行為を為すことが仏に成ることであると捉えられているのです。



 顕教と密教の違いが理解できましたか?

顕教と密教とを比べると顕教の教えは表層にとどまるとされています。これまでの説明で密教の方が奥深い物だと分かったと思います。


さらに、出家して僧侶の道を歩まなくても、在家の身で三蜜加持(さんみつかじ)の修業をすれば、即身成仏できる真言密教の方がいいですよね。敷居が低いというか取り組みやすいですから。

2018年05月29日

即身成仏とは?


 空海は唐に渡り恵果大師から正当な後継者として密教を伝授されました。そして日本に帰ってから、真言宗を開いたのです。


 真言宗における空海の思想の中核をなすのが、「即身成仏」という考え方です。

衆生(我々のような普通の人間)と仏とは本来同一なので、衆生が三密を行えば、それがそのまま仏のと相応して,仏の加護を受け,仏と同一となれると言われています。これが三蜜加持(さんみつかじ)です。


密教の教えを簡単に言うと、三蜜加持(さんみつかじ)つまり「身口意(しんくい)の教え」です。真言宗では、身口意のことを「三蜜(さんみつ)」と呼びます。つまり、身密(しんみつ)、口蜜(くみつ)、意蜜(いみつ)のことです。


身密とは身体を使って仏の力を感じることです。私たちの身体にも仏が宿っているので、座禅や瞑想をする事によって、仏を感じることができるというのが身密なのです。


口蜜とは真言のことです。真言を唱えることによって、仏を感じることができるというのが口蜜です。般若心経を唱えるのは、まさに真言を唱えることなのです。


最後に意蜜です。意蜜とは心を大日如来の境地に持っていくことです。つまり心が空になるまで、座禅や瞑想をするのです。意蜜とは空そのものになることなのです。簡単にはできませんが、真言宗にはそういう修行法があるのです。



 三蜜加持の修業を行うことで仏と同一になれる、つまり悟りの境地に至り即身成仏できるのだと考えていました。しかし、真言宗の勉強をしていると、そうではないことが分かりました。


「即身成仏」とは「生きたまま仏になる」という意味です。それをそのまま理解すると、三蜜加持の修業によって即身成仏できると考えてしまったようです。


しかし、「即身成仏」というのは、「今ここで大日如来を受け入れること」、つまり「今ここで空を受け入れること」なのです。


空海は、「今ここで涅槃に行ける」と言い切っているのです。つまり空を受け入れた瞬間から、既に涅槃に行っているということです。


とはいうものの、我々のような凡人が「今ここで大日如来を受け入れること」ができるのでしょうか。どうやって受け入れればいいのでしょうか。

2018年04月16日

般若心経とは?


 摩訶般若波羅蜜多心経・・・で始まるのが般若心経です。

仏教について詳しくない人でも、日本人なら「般若心経」を知らない、あるいは聞いたことがないという人はほとんどいないと思います。なぜなら、お葬式や法事などで、お坊さんが必ず唱えるのが般若心経だからです。


四国遍路で88ヶ寺を参拝した時には、般若心経を必ず唱えています。それが1つのルールになっているからです。実際には、お寺の本堂と大師堂の2ヶ所で般若心経を唱えます。


お遍路の経験者でを覚えてしまった人でも、般若心経がどのような教えなのか知っている人は少ないのではないでしょうか?私も最近知ったばかりです。


以前から空海について知りたくて、空海に関する本を読んでいるのですが、夢枕獏の「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」の巻の3の中で、般若心経について空海が解説しています。興味がある方は、ぜひ読んでみてください。

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 般若心経はどのような教えなのでしょうか?

それでは、「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」の巻の3に書かれている内容について簡単に説明します。


般若心経を梵字で読み、梵語で発音すると、まさに真言(マントラ)であると空海が言っています。


そして「般若心経」はこの宇宙が何によって構成されているのかを説いている。
それは、「色」、「受」、「想」、「行」、「識」の五蘊(ごうん)であると。


五蘊のうち、色というのは物質的な宇宙全てのもの、存在を言います。
受、想、行、識という4つのものは、いずれも人間の側・・この宇宙を眺める側に生ずる心の動きであると。


つまり、般若心経」は、「存在というのは、その存在するもの、それを眺める心の動きがあってはじめて存在する」と言っているのです。


そして、それらのすべては、
色即是空(しきそくぜーくう)、空即是色(くうそくぜーしき) である。


つまり存在そのものが、全て「空」であると言っているのです。


これは凄い教えですよね。


水や空気、風、山、海、大地、木、花、草、人や馬、牛などの動物まで、本質的な相は空であると言っているのです。


さらに、喜びや哀しみ、そして人を思ったり愛したりする気持ち、人の行為もすべて空だと言うのです。



 しかし、もっと凄いのは、色即是空、空即是色とすべてのものが空だと、この世の真理を、理によって説きながら、一転していきなり、次のようなマントラとなるのです。


掲諦掲諦 (ぎゃーてーぎゃーてー)
波羅掲諦 (はらぎゃーてー)
波羅僧掲諦 (はらそーぎゃーてー)
菩提薩婆訶 (ぼじそわかー)


この最後の真言は、全ての生命、全ての存在が等しく大声で大合唱するべき部分なのです。
この宇宙が、ひとつになって震えるような大合唱の響きになるのです。


このマントラこそが、「般若心経」の本体であると叫んでいるのです。



 「般若心経」はお経の中で最も美しいと言われているお経です。
知ってみると、本当にすごいお経だと思います。


宇宙の根本原理を説く教えなので、美しくて当たり前なのかもしれませんね。ぜひ、「般若心経」を覚えて、唱えてくださいね。