2017年12月06日

空海ってどんな人?


 空海という名前を聞いて、まず思い浮かぶのは四国遍路で知られた「四国八十八ヵ所」を開いた有名なお坊さんだということでしょう。

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お遍路をした経験がある人ならよく耳にするのが「お大師さん」です。空海の死後に「弘法大師」という名前を天皇より授かりました。そのため、空海のことを「弘法大師」と呼ぶのです。


しかし四国に住んでいる人たちは、「お大師さん」と呼びます。それは「弘法大師」よりも「お大師さん」の方がより親しみを感じるからだと思います。四国の人達にとっては、「お大師さん」が生活の中に根付いているからだと思います。


四国遍路がこれほど長くつづいていることを考えれば、お遍路さんは生活の一部と言えるかもしれませんね。なので、空海のことを、自然に「お大師さん」と呼ぶようになったのでしょう。お遍路さんとして「四国八十八ヵ所」を巡礼しながら、空海のことを身近に感じた人が「お大師さん」という言葉を使い始めたのかもしれませんね。


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 空海は774年に讃岐国多度郡屏風浦(現在の香川県善通寺市)に生まれました。父は郡司・佐伯直田公(さえきのあたいたぎみ)、母は阿刀大足の娘(あるいは妹)で、幼名を真魚(まお)と言いました。


父は郡司ですから、貴族出身の家柄のよい生まれです。今で言えば市長さんの息子のような存在です。


地方の下級貴族の子供である空海は、中国に渡り中国から真言密教を持ち帰り、真言宗を開きました。その後、真言宗の開祖として知られる日本の歴史の中で最も有名なお坊さんの1人になったのです。


「四国八十八ヵ所」も有名ですが、それよりも高野山(真言宗総本山金剛峯寺)の方が有名かもしれませんね。高野山は和歌山県伊都郡高野町にある周囲を1,000m級の山々に囲まれた標高約800mの平坦地にあります。


空海は816年に嵯峨天皇から高野山を下賜され、修禅の道場として開きました。後に高野山は日本仏教における聖地の1つとして有名になりました。現在は「壇上伽藍」と呼ばれる根本道場を中心とする宗教都市を形成しています。山内の寺院数は高野山真言宗総本山金剛峯寺(山号は高野山)のほか、子院が117か寺もあるんですよ。




posted by gonta at 15:25| 空海とは?