2017年11月21日

なぜ四国遍路が1200年も続いてきたのでしょうか


  四国遍路が何時頃始まったのかはハッキリしていませんが、空海が修行をした八十八ヶ所の寺院を選び四国八十八ヶ所霊場を開創したと伝えられているのは815年(弘仁6年)です。つまり四国八十八ヶ所が開創されてから1200年を超えているのです。


ただ現在のような形になったのは、近世初期の1600年頃だと言われています。つまり、それまでは修験者などが主体の霊場であったものが、一般庶民の巡礼者が増えたことによって、形が変わらざる得なかったということでしょう。


一般庶民が巡礼を始めてからでも400年以上の歴史があるのですから、凄いですよね。しかもスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラのようなキリスト教の3大巡礼地ではありません。



 なぜ、一般庶民がお遍路をするようになったのでしょうか?

1600年以前のように修験者が修行をするために利用したのであれば、お遍路の目的がハッキリしているので理解できます。しかし、一般人が長い時間をかけて遍路旅をするのは理解できませんね。


江戸時代には、娯楽が少なかったこともあって、少し余裕のある町人が公に旅行のような形で楽しむことができたのは、伊勢神宮にお参りすることや富士山詣ででした。伊勢神宮に行ったことがある人なら分かると思いますが、伊勢神宮周辺は一大娯楽地です。

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普段食べることができない御馳走を食べたり飲んだりするお店がたくさんあります。私の想像ですが、遊郭などもたくさんあったのだと思います。


伊勢参りや富士詣でを口実に旅行を楽しむ人が多かったのだと思います。それ以降も、伊勢参りや富士詣では流行になるくらい人気があったようです。


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 四国遍路も伊勢参りや富士詣でと同じように庶民の娯楽として流行したのではないかと考えています。ただ、伊勢参りや富士詣でとは違って、同じような理由からお遍路するようになったのではないかと考えています。


ただ、その後の動きを見ると娯楽とは少し違った意味合いがあるように思います。まさにサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼に近いものになっているように思います。。




posted by gonta at 15:30| お遍路さんとは